火垂るの墓のラストはカニバリズム?骨を食べるシーンの真相

火垂るの墓

ジブリ作品は大変な人気を誇っており、日本のみならず海外でもその人気は衰えることはありません。

今回は「火垂るの墓」の都市伝説をご紹介させて頂きたいと思います。

 

なんでも作中のラストで清太が節子の骨を食べる「カニバリズムのシーン」があるとのことです。

はたして本当なのでしょうか?

 

もしこの真相が本当ならば、トラウマを植え付けるほどの恐怖となりますが...。

確かに「火垂るの墓」は怖いシーンが沢山あることで有名な「ジブリ作品」です。

はたして、どんな真実が待っているのでしょうか?

それでは、ご紹介させて頂きたいと思います。

火垂るの墓のラストで清太は節子の骨を食べた?カニバリズム説の真相

火垂るの墓のラストで、清太は節子の骨を食べていたとの噂がありますが、はたして本当なのでしょうか?

作中で清太は最後のシーンで、亡き節子を火葬していました。

 

このあと清太は1人途方に暮れて、ドロップ缶の中から何か食べていました。

上の画像を見て頂くとほとんどの人があることに気が付くのです。

 

ドロップ缶の中から出てきた物体は白く、固い骨のようなものでした。

このときドロップ缶を投げたのは駅員で、このとき既に亡くなっていた清太は節子を想っていたようでした。

 

ここで1つの疑問なのですが、何故清太は節子の骨を食べていたのでしょうか?

節子が亡くなったあまり精神が昏睡して、カニバリズムに発展してしまったのでしょうか?

 

作中では、節子の骨を食べたとコメントされていないため、真相は闇のままです。

ここでどうして清太が節子の骨を食べたのか?という理由を推測してみました。

 

日本では一部の地域より大昔から「骨噛み」という風習があったそうです。

この風習は「弔った人の骨を噛む」ことを目的とし「今までお世話になりました」という遺族が、亡くなった人への想いを大事にする行いです。

 

これは決して怖かったり、やましい意味ではなく、今までの感謝の気持ちを表しているそうです。

しかし近年日本が発展途上国として急成長するのと同時に、この風習である「骨噛み」は衰退してしまいました。

 

そして現代では、この風習は無くなったとのことです。

私としては正直怖いという気持ちはなく「亡くなった人を思っての行為なんだな」としんみりした気持ちでいました。

きっと昔の時代を私が生きていたら、この「骨噛み」という行為をしていたのかもしれませんね。

清太は節子を想っており、最後節子を弔うために「骨噛み」をしていたのでしょう。



火垂るの墓のラストで清田がカメラ目線なのも怖い…

ここで「火垂るの墓」ラストのシーンですが、清太が何故かカメラ目線でおり、視聴者に訴えかけるような感じで見据えているのです。

 

正直ここのシーンは私も「怖い」と思うしゾットします。

何故清太はカメラ目線なのでしょうか?

 

このシーンは節子を弔ったあと清太(タンクトップ姿)が息を引き取ったあと、何故か制服姿となり亡くなった節子も隣に立っていて、一緒にビル(街並み)を見下ろしているシーンです。

 

そもそもこの時代にビルなどはなく、1960年代の日本がオリンピックの関係で、一気に急成長したあとの光景になってしまうんです。

その後バブルを迎えた日本は、華やかな世界へ様変わりしました。

 

本来いるはずのない2人が何故いるのでしょうか?

実はこの2人、地縛霊になっているとの噂があり、神戸の街並みを見守っているのでは?と考察されているのです。

 

私もこの考察通り、2人は神戸の街並みを見守りながら「あのときは酷かった」「みんなが意味もなく無惨に死んだが、今の日本は平和だ」と我々の様子を伺っているようです。

我々に訴えかけているように見えるので、カメラ目線なのかもしれません。

清太は生前、節子を火葬したのちうつ病のような症状になってしまい、自殺したとの考察があります。

これに私は地縛霊の節子が近くにいて、清太を呼んでいたのでは?と思いました。

 

結果として清太は亡くなったあと、節子と再会を果たしました。

そこから2人は終戦後、何年も何十年も一緒に神戸の街を見守ってきたのだと思います。

 

2人はそのまま地縛霊となり、今も尚神戸の街を見ているのかもしれませんね。

私は清太が節子と再会を果たしたとき、節子と一緒に木のベンチに腰掛け、節子は兄の膝の上に横たわるように寝てしまった光景を見て、2人は天国に行くことは選ばなかったんだなと思いました。

このときの清太もこちらをジッと見て、我々視聴者に何か訴えかけているようですね。

 

やはり清太は何か未練が残っており今も尚、神戸の街を彷徨いながら我々に気づいてほしいのかもしれません。

カメラ目線をする清太は、我々に気づいてもらうまでずっと私たちを見続けていることでしょう・・・。



まとめ

今回は「火垂るの墓」のラストはカニバリズム?骨を食べるシーンの真相についてご紹介させて頂きました。

清太と節子は生前、大変悲惨な人生を歩んできました。

 

しかし兄弟仲はとてもよく、微笑ましい姿を私たちに見せてくれました。

きっと節子は亡くなったあと、兄のことが忘れずに傍にずっといたのでしょう。

 

そして再会を果たし、今度は2人で神戸の街(私たち)を見続けながら、ひっそりとそこにいることでしょう。

もし神戸を訪れた際、誰もいないはずなのに視線を感じたら、それは節子と清太かもかもしれませんね・・・。

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